読み、考え、書く――私の書評集

碓田のぼる著

A5判304頁 上製本定価
定価(本体1524円+税)
2012年9月20日発行
ISBN 978-4-87662-549-9 C0095

七十七編の作品・著書への書評、作品解説の集大成。
作品をまえにして真摯に向き合い、作者の心情に迫り、作品の真実を浮き彫りにする。
読むこと、考えることに徹して、表現する歌人の軌跡。

———–「あとがき」より—————–

 長い間に、書評的な文章がかなりたまっていた。この際、思い切って一本にまとめることとした。「思い切って」ということは、私は批評家でも作家でもなく、歌よみの一人にすぎないから、書評的な仕事については、まったくのアマチュアであると思ってきたからである。
 しかし、アマチュアであろうとプロであろうと、文字となって発表されれば、その作品は社会的な性格をもってくるのは当然であろう。考えてみれば、「思い切る」といった意識には、発表された文章の客観的、社会的な性格も、すべて個人的なものに解消してしまっている、という一方的な誤りがあるかもしれない。思い切ろうと、思い切らなかろうと、書かれた文章、作品は客観的存在となっているのであるから、「思い切る」などという話は幼稚なこだわり意識かもしれない。
「?」は、「赤旗」書評欄でのものをまとめたもので、執筆時期のかなり古いものもあるが、対象とした作品は、けっして色あせていないと思っている。
「?」は、主として諸雑誌に求められて書いたものであり、歌書、歌集が中心で、「?」にくらべれば長いものである。「?」と「?」の文章の並び方は、いずれも逆年順となっている。
「?」は、友人たちの歌集への序跋文を集めたものである。これは、拙著『ともらいちずに』(二〇〇八年七月 光陽出版社)の後編ともいうべきものである。文章の配列は執筆順である。

 ところで、長い文章も短い文章も、書くということは、私にとっては、いつもある種の恐れのようなものがつきまとう。書いたものには、つねに書き手の全容量が反映されていると思うからである。とりわけ、文字数の限定された短い文章ほど難しいと思う。「?」のような仕事には、強い緊張感がともなってくる、というのが、私の率直な印象となっている。その意味では、私は「赤旗」学術・文化欄に育てられてきたような思いがあり、感謝したいと思っている。
 書くにあたって、ある種の恐れや不安を少しでもつきぬけるためには、よく読み、よく考えることが重要であり、それ以外にはないと思い定めてきたのが、私のせまい経験則であった。それとて、うまくいったわけではない。いつも何がしかのにがみを残してしまう。アマチュアのせいであろう。

「新しい記憶ほどモロイという、別の『老い』の指標を認めました」という言葉が、大江健三郎の『定義集』(朝日新聞出版)の中にあった。この言葉は、私には実感的である。「?」や「?」の中の昔というほどの時代に書いたものに忘れがたいものが多い。大江健三郎の言葉になぞらえていえば、古い記憶が鮮明なのは「老い」の証の一つかもしれない。

「老い」をあまり売りものにしたくはないが、しかし、客観的に、老いた人間が、いまこれを書いているのであるから、「老い」の感慨は避けがたいものがある。

 時間と労力が許されるならば、この一本で書評の対象とした書物を、あらためて読み返し、学び返すことを、老いの指標としたいものだと思っている。

              二〇一二年八月   我孫子にて
                          碓田のぼる